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親とか他人に合わせて生きてきて、自分でどう思う、と自分に問うたり自分の意見について突き詰めて考えたりしたことがなかったから、自分には自分というものがないんだな、と思った。生きていく上で基盤となる自分を支えるための自分の考え、意見がないことが怖くて怖くてたまらなくなって、誰か理想とする人を見つけてその人の考え方を自分の中に入れようとした。自分はないけどこうなりたいっていうのはあるから。

自分の判断が正しいかわからないし、自分のしたいことをすることそれに責任を持つことはすごく怖いことだ。こういうふうに生きたい理想とか願望みたいなものが自分のなかには職業という形ではまだない。

いまの自分はなんにもできなくても、憧れとかメンターみたいになる人がいることによって行動規範というか行動指針みたいなものができるじゃないか。いまのままの自分ではなにも考えられなくても。それはどっちかっていうと自分で考えなくても憧れがいるからそれをまねればいいっていう自分の頭で考えることからのの逃げかもしれない。でも今はできないけどこういう状態を目指したいってのはあるんだよな。

自分一人じゃいられないから、何か精神的に頼る相手が必要と思っているのかも。 

 

”どれだけ自分を包み隠さず表現できるか?は
自分がどれだけ世界に向けて
裸の自分でいられるか?
つまりは、
無防備な自分になることで
誰と争う必要も、
かっこつける必要も無くなることに通じます。” 
だとさ。
だとするなら、やっぱりブログってものは必要だな。
 
寂しさを感じなくなると、つながりを求めようとするかわりに一体感がでる。寂しさからの逃避行動でなく、自分が楽しいから行動する。人とつながるためにやるんじゃなくなる。んだってさ。
 
一つだけ解説すると、
 
・いい妻にならなきゃ!と家事も育児も必死でした。
→今までの環境の開示。
 
・人から嫌われるのが怖くていい人ぶってました。
→自分の思い込みへの自覚。
 
ほんとは寂しがりやです。
→自分の感情への自覚。
 
これからはそんな自分を自分で受け入れていって、本当の友達を作ろうと思います。
→本当の望みに向かう宣言。
 
の【環境、思考、感情、本当の望み】
4つのフェーズに分けて
開示していくことで、
今まで必死でごまかしてきた
自分の本音に気が付けますし、
その中でたくさんのワサワサを