黒塚家の娘

今日急遽、黒塚家の娘の昼公演(6/8 14:30~)に行ってきた。

ネタバレ含むので苦手な方はスルーしてください。 

 

 

 

 なんだかんだあたふたして開演15分前にしかも当日券で入ったのに、締め出されなくてよかった。一応、当日券で入っても締め出されることはないと聞いてはいたけど、ドキドキものだった。立ち見だったけどね。でも立ち見だとお安くなって4000円だから1時間半立ちっぱなしが辛くなければお得。

 

疲れるとか不利と思われがちだけど立ち見だといいこともある。

脇の通路の一番前なので結構演者の表情が見えるし、後ろを振り返れたりもするので、客席も含めた舞台全体をどう作ってるかがわかってよかった。今回の舞台スクリーンを使用して舞台上に写したりしているから。ライトの使い方とかも、光が前の舞台上の扉からと後方席のライトから来ているから、あぁ、こっちのライトはここからかぁ、とか思ったりして。

 

風間さんの役柄のせいだろうけど、風間さんの芝居が残りの3人と違ってすこし浮くというか、浮ついたおっちょこちょいな若者っぽい感じで、怯えてわたわたしてる感じがでていた。黒塚家で起きていることを全然知らなくて怯えながら巻き込まれる感じ。なんか軽い。一生懸命どうにかつくろって話を合わせようとしているような。

かと思えば、宗教談義のときなんかは聡明さと落ち着きと、よどみなくキリスト教派の成立の理由を説明する感じが別人のようで、一人3役ぐらいやってるような感じ、グラデーションでなくセパレートで演じるとはまさにこのことか、と思った。

(追記 6/10)

説明セリフの時の風間さんが一番板についてる感じがしたんだよな。生き生きと喋ってるというか。怯えてるときはなんかわざとらしい感じがして。肚に一物抱えながら怯えてるみたいな。

何でこんなに風間さんの見せ場というか印象がないんだろう、ともやもやしてたら、面白い意見に出くわした。おれがおれが、がなくて地の文のような佇まいだって。受けの芝居が上手いから相手が引き立つんだって。

あれはキャラが強い女性陣を引き立たせるための受けの芝居だったんだな、と分かった。ああやって引いて芝居するのも技術がいるんだ。芝居全体のバランスを考えるうえで大事なんだな。

あと確かに、渡辺えりさんの変な人の芝居が周りから浮いてなくて、下手したら役のアクの強さから強烈に周りから浮いてしまうところをそこまで違和感なく成立させているのは、全体のバランスを見ているからだと再認識した。言われなかったら気づかなかった。変な人なんだけど、序盤あんなに叫んでおかしいことしててもその人だけが強烈に目立つってことがないんだよな。

 

 

特筆すべきなのは声。今回の舞台、私的には4人の声の出し方の違いが気になった。

趣里さんは、最初に出てきた老婆の第一声目から、すごく声がいい女優さんだな、と目を見張った。太くて芯があって、きちんと客席の奥まで届く。すごく舞台向きの声をしていると思う。あまり舞台みないけど、それでも舞台っぽいと思った。 あのきれいな顔であの声っていうのはギャップだし、なんかいいなぁ。あの人の他の作品も見てみたい、この間ドラマをやってたって話だから。

 

渡辺えりさんは最初の、声でないようなカキコキいってる高い声の面白さと、時々ある顔芸のようなニヤリとしたインパクトのある顔、病気でないと分かって喋り出したときの声の迫力がすごかった。結構えりさんの所作が面白くて笑ってた人多い。

 

高橋克実さんは声がすごく安定して聞きやすくて、大きい声を出しているってわけじゃないんだけど、力まずに普通の感じでちゃんと後方座席まで届く声を出していて、その技術がすごいなぁ、と思った。ずっと聞いていたい、癖のない、ナレーションていったらおかしいけど、そんな感じの声。あんないい声だって知らなかった。でもあれは役柄も含めての声だったのかも。風間さんの兄弟子で盲目設定、全てが分かっている落ち着いた人って感じだから。

 

風間さんだけ発声が一人違う感じがした。芯がなくてすごく響かせる発声の気がして、響き方の違いが気になった。届かせようと思うと響かせる感じなの。

宗教談義の時なんかは普通の感じなんだけど、あの響き方ってなんなんだろう。なんかすごくふわっとするの、かちっとしないで。普通に話していても安定しないのは、役柄に合わせた声だからなのだろうか。不安感をあおるというか、落ち着きがないというか。

風間さんストーリーテラーもかねているからなのかな。客席全体に響かせる感じだった。

 

 

舞台装置のおもしろさ

円状の舞台装置が回って、場所転換や時間の経過を知らせる演出も興味深い。けっこうな速さで回ってるのに、上に乗ってる役者は微動だにしないで。結構風間さん動かずにいる場面もあるのだけど、ふらふらせずにずっと立っていられるのは、誰かもいってたけど訓練のたまものなのかな。

今回の舞台中央の扉が重要になっているのだけれど、おどろおどろしい人が出てくる雰囲気をだすのに、スモークと光が効果的に使われていた。きしむ扉の音とか、車いすのキイキイいう音とか細かい音の演出が好きだったな。

 

懐中電灯での客弄りも絶妙で、お客が、黒塚家の開かずの間に積み重なってる骸骨になってて、ちらちら照らしながら驚いてたのがなぁ。客席の間を通り抜けるとかでなく、お客を舞台の演出の一部にしてしまうのは面白い。

 

あと、スクリーン。すごく上のほうで場面転換とか教義説明の時に上手く使われていて、デカルトとかカントとかただ口で説明されるより、人物の絵があって説明されたほうがわかりやすいよなぁ、と。ただでさえキリスト教というあまり日本人にはなじみのない宗教なので。それでも理解できないところがあったけど。

 

ベターハーフからこっち、風間さんの舞台はドラクエを除いて全部見たけど、これが一番もう一度見たいなぁと思える舞台だった。なんでだろ。面白さとわからなさがちょうどいいのかもしれない。

あと立ち見はけっこう私には合ってるってのは発見だった。できることなら、1度目は客席で見て、2度目は立ち見でみたいなぁ。お金が許せば。

 

気付いたこと (追記)6/9

そういえば、誰かのツイートで気づいたけど、最初と最後??に流れる黒塚家の音楽がミサ曲っぽい感じ。歌詞は日本語だったけど、和音の響きがそんな感じがした。教会音楽って不協和音がないんだよな。明るい和音ばかりで。牧師さんの話だからかなぁ。

 

あと衣装が豪華。黒塚家の母娘も牧師さん2人もみんな着物なんだけど、最後あたりに母と娘が階段の上に立つときの衣装なんか、刺繍が前面に施してあって、赤と黒だしすごく目立って目を引いた。趣里さん、ざんばら髪でほんとに鬼婆みたいで、生き胆を食わざるを得なくなった怒りと悲しさを赤い衣装が引き立てていた。

 

(追記) 6/10

 

説明台詞が能の特徴に倣っているとか(もしかして馬浜さんへの説明の時円盤が回ってたのはそのせいか)、諸法無我の意味とか、事前に雑誌とかで情報を入れておいたほうがより舞台背景がわかって楽しめたかもしれなかった。

諸法無我です、って小洋手さんに言われてもいったいどんな意味かわかってなかったからね。舞台の筋の理解を左右することって知識として入れておいたほうがいいな。

 

これ映像でまた見たい舞台だなぁ。謎があって奥行があって何度も見て理解したくなる。