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自己重要感 すごいと思われたい の根っこ

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自己重要感を満たすと

すごいと思われたいがためにやっていると、どんどん自分の中心の想いから離れてすごいと言われたいだけの人になる。

自分が届けるべき人 自分が届けたい人に届くことを目指す。

 

 

 すごいと思われたい、の根っこには、誰も自分のことなんか分かってくれないんだ、っていう拗ねと思い込みがあるのだと思う。

だから表現がねじれるんだよ。思いを良いも悪いもなく素直に出したとき、きっとそこに人に繋がる鍵が眠っているんだと思う。

 

だってそうだった。人につながる文章を書けたときは、この不思議さと面白さをあの人に伝えたい。喜んでもらいたい、と思った時だったもの。

 

大勢の顔を知らない人に評価されようとする文章を書こうとした途端に、感情の伝わらない文章になった。

 

どうしても伝えたいあの人 に伝えるってほんとに重要かもしれない。

 

自己開示 自分のことについて話す

自分が何を感じたか?自分はどうしたか?
自分はその結果どうなったか?』
という【自分のこと】を話してねと。
体験してて腑に落ちてるからこそ
人に響く話が出来るようになるし、
かつ、そこに来た人が
次のステップへと繋がる

 

自分にしか出来ないこと。
自分にしか話せないこと。
自分が楽しいこと。
自分が主役であること。
ここを徹底して追求していくことで
自分のファンが増えて
その結果生まれるビジネスが
自分ビジネス。

 

ハンディ(わたしの場合チビ)が、
デメリットじゃないことに
チャレンジしたら、「得意」になりますよ。

 

生き方=社会との付き合い方 時間軸を意識した学び

www.1101.com

心にせまる 昔の人の心、考え方を自分の中に取り込む 体感する

 

 

文章の組み立て

 説得と納得 どうしてほぼ日が古典教養を取り上げるのか?

 難しい古典、教養をの取り込み方を、 の人の話の具体例を使って分かりやすくしている。(昔、学者が町に来ることはエンターテイメントで楽しみだった)。

 また現代の人も同じようなことをしている具体例(とっつきやすい 編み物、料理)を出し、わかりやすく。

 古典というのは難しくてためになるが、人から嫌われがちなものじゃなく、本来は楽しみなものでもある。

だからやってみたい。 

 

説得がすごく上手い文章。古典という取っ付きにくいものを、ハードルを下げて分かりやすくし、ほぼ日がどうして古典を取り上げるか読者に納得できるよう説明している。

楽しみ という点で人が引き付けられる。

 

ほぼ日の人事

問題意識を共有している人を違う分野で選んでくるんだ。

大切にしている部分が同じであれば、話が早い。

 

 届いて欲しいメッセージをどういう形で届けるか(媒体)

文章、絵、講演、音楽 

場所  考える人 届いた人は読書人

    ほぼ日   決してその本を読まなさそうな人に届いた

同じ内容でも違う媒体で届けることによって、思いもかけない必要としている人に届く

 読書人と生活人

 読書人 教養を求めている人

 生活人 おもしろいこと、たのしいものを求める人

 生活人を引き付ける

 生活人であること   

 

思考の流れを妨げない文章

文章の書き方と印象2

ほぼ日刊イトイ新聞 - おとなの小論文教室。

山田ズーニーさんの文章の書き方は重い。でもすごく芯と覚悟がある。一言一言を心から絞り出してくるような印象を受ける文体だ。

 

良くも悪くも、文章には感情が現れてしまう。母と子の癒着という同じテーマで文章を書いても、怒りを抱えている人の文章にはそこはかとなく怒っていることがにじみ出る。大丈夫と思っている人の文章には大丈夫がにじみ出ている。

 

こんなに真逆の意見が同列に並べられている。そしてたぶんどちらも正しい。正しいってひとつじゃないんだね。ひとの数だけあっていいんだ。その人はそれでそこから抜け出せたんだから。

 

抜け出すという目的を前にして、方法は人の数だけあっていい。

 

 

 

文章の読みやすさ

文章の筋、流れが分かるようレイアウトを工夫しているんだ。文章の筋(ストーリー)になる部分は、必ず1行にしている。そこだけ読んでも意味がわかるように。

 

癒着してから抜け出すまでの一人の人のストーリー(具体的でわかりやすい)

子が母親から離れられない理由 当事者の不安と迷い

怒りをもって離れた人 安心をもって離れた人

今まさに離れようとしている最中の人の希望のある言葉

 

これって、全体を俯瞰するストーリー 個別の意見 実際に直面している人の希望のある言葉で終わっている。一つの型なんだね。

 

ズーニーさんの文章って、自分を生きるってことが全体の大きなテーマだと今気づいた。

ほぼ日刊イトイ新聞 - おとなの小論文教室。

分かりやすく書くための知恵

実験済み

 結論から先に書く

   結論→ 理由→ 具体例→ 閉めの文 の構成のほうが書きやすい。

 書く内容を頭から出し切り(アウトプット)、揃えてから、構成する。

   行き当たりばったりで、内容がぐちゃぐちゃにならないようにするため。

ブログの書き方と与える印象



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うちはパートナーが、子供が
発達障害だから
特別 大変!って、
自分のかわいそうに
病名を使わないでね
 
 
 
 
パートナーや子供が
幸せに暮らしてる人もいるし、
 
 
 
そういう病名が付かない人でも、
悩んで辛そうな人もいる
 
 
 
 
目を向けるのは
いつでも自分だよね
 
LINE@やってます
 
発達障害以外のことでも、
ブログの感想とか
気軽に話しかけてね
         
 
 
 
 
カウンセリングって
どんなこと言われるのかなぁ?と
気になる人は
悩みを話しかけて
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(返せるときに返信します)
 
 
 
 
うまくいかないときはID検索してね

 
 
 
 
相談していただいた内容は
匿名でブログに書かせていただくこともあるので
絶対嫌ーって人は、その旨書いてねー
 
 
 

この記事でブログ読者が減った、と筆者の人が笑って語っていた。

私の文章も伝わらないこと多いから、ブログを書く上で何かヒントがないかと思って読んでみた。たぶん、この文章が誤解を受ける理由って、厳しいことを言いっぱなしで解決策を提示していないからだ。そして、最後の告知文にきてね、やってね。と相手に要求だけしている形になっているから、小悪魔的な感じに見えてしまうんだね。

 

つまり、言い換えると、全部相手に対して要求している文章になっているからだと思う。

 

ブログ読者は、この人をカウンセラーだからを当然苦しんでいる人を救うような言葉をかけてくれるだろうという目で見ている。なのに、結局はじぶんだよ、とはねのけられたから。期待が裏切られて、読者が離れたんだね。

期待していたことを裏切られると、人って離れてしまうんだね。

 

つまり、文章で行き違いがおきないためには、人が自分にする期待を見極めて、できることとできないことを明確に説明する必要があるんだな。誤解しそうな言葉を言う時には説明を付け加えるとか。

同じことでも書き方によって、印象がガラッと変わってしまうんだな。

 

 

読者が離れた理由

相手に要求する文になっている (相手に~しなさい と言っているのと同じ)

カウンセラーに対する、読者の(自分の悩みを受け止めて解決してくれる人)という期待が裏切られたから。